2012.3.11

 明日で、東日本大震災から1年が経ちます。

先ほど、TVでこの1年を振り返る特集をやっていました。
いまだに被災者の方々の思いや言葉、表情に触れると目頭が熱くなります。

改めて震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに
被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。

私どもは、引きつづき3.11後の新しい世界の居場所、様々な人達が往来し
つながる「辻」としてお役に立てるよう精進して参る所存です。



この1年間、何気なく空を見ることが多かったような気がします。

浮かんでいる雲は何かのメッセージを伝えるかのような姿をつくり、
形を変えながら過ぎてゆきます。

この1年間、私の前に現れた雲たち。


〔彩雲〕





消えるときに、鳳凰のような形になって太陽の中へ消えました。





〔夕焼け雲のスコア〕





〔ロケットのような雲〕





〔不思議な生き物のよう〕






〔分け御霊〕



もっとひいてみると。




〔東鳴子の夕暮れ〕




〔鳴子の山々の日傘〕





〔となり町・岩出山 アラハバキ神社に現れた龍雲〕





〔道路標識の上を飛ぶとんび〕











いよいよフィナーレ!「味噌づくりの宴」


2/25〜26にかけて、地大豆湯治@鳴子温泉郷2011の
フィナーレを飾る恒例の味噌づくりが行われました。

地元メンバーはじめ、鳴子に通うこと味噌づくりで7回目の鳴豆プロ
ジェクトの皆さん、大阪岸和田からはソプラノ歌手吉川真澄さんの
応援団、女川の仮設住宅からはメグさんたち「おちゃっこ隊」率いる
被災者の皆さん等々、多種多様な方々が約60名ほど集まりにぎ
やかに味噌づくりをしました。

前夜祭、交流会で。みんなの視線の向こうには素敵な・・・!

味噌づくりの流れとしては、24日から豆を一晩浸漬。25日は数時間
にわたり交代で煮豆をして、26日にみんなで手前味噌仕込みとなりました。

一晩寝かせて、じっくり煮込んだ「くるみ豆」

味噌づくりの朝。朝陽と東鳴子温泉の雪の屋根。

1年かけて育てた豆ですよ〜。

あくまでも原始的に。足の重みで、煮た大豆をつぶします!

みんなでもみもみ、もみもみ、手前味噌〜。

今回は、味噌づくりが終わった後、「味噌づくりの宴」と称して、
大場陽子さん作曲、「お豆の物語」5部作の初演を行いました。

ソプラノ歌手の吉川真澄さんとトイピアノを演奏してくれた須藤さんの
息もぴったりで、皆さん「お豆の物語」に聞き入っていました。

この企画は、鳴子や旅館大沼を舞台に心身のバランスをとる
というミッションで活動するsoys合同会社の企画です。

http://soys38.com/



「お豆の物語」五部作のお披露目です!

地大豆を入れたマラカスをもつ、歌手の吉川真澄さん。

トイピアノを演奏する須藤さん。

種まきの際、お昼を作ってくれた最上の天気研究所の皆さん。
7回にわたった鳴豆プロジェクトの皆さんの応援。震災後に鳴子に2次
避難していた小野寺さん。味噌づくりに来てくれた女川の仮設住宅の方々。
そして、参加者が少ない時もこつこつと草むしりや脱穀を行った地元メンバー。

いろんな立場のたくさんの方々と、素敵な出会いのドラマを作りながら
2011年度の地大豆湯治@鳴子温泉郷も無事フィナーレを迎えることができました。
皆さん、本当にお疲れ様でした!そして、ありがとうございました!

2012年は6月10日に、また新たな種を鳴子の大地に蒔く予定です。

皆様のご参加をお待ちしております。

追、メグさんたち「おちゃっこ隊」のブログにもこの日の模様が載ってます!
  


光の仲間達が集まる ベースキャンプ的温泉宿

2011.3.11の大震災からあと一週間で一年を迎えます。

この一年間、全国各地から老若男女、個人、会社問わず、様々な方々
が被災地や被災者の力になりたいと駆けつけてくれました。

その全ての方々をご紹介することは到底できませんが、湯守や宿
とご縁のあった方々から何組かの光の仲間達をご紹介させていただきます。

【愛媛 弓削島 しまの会社 兼頭一司さん】

愛媛県の弓削島で島民の島民による島民のための島の会社「しまの会社」
の代表を務めている兼頭一司さん。
鳴子で平成16年から行っていた「田んぼ湯治」にも来てくれて以来の
友人で、熱い熱い地域の活動家です。
6月に被災した石巻に入り、津波で流された缶詰工場の缶詰を泥の中から
拾い、洗浄するという作業を当館に泊まりながら行いました。
昨年度、彼が立ち上げた「しまの会社」はその活動を認められ、
平成23年度の過疎地域自立活性化優良事例表彰における総務大臣賞を受賞
しました。彼が泥の中から拾った缶詰は、私の宝物のひとつとなっています。

しまの会社
http://www.kibounoshima.jp/kaisha/


【ap bank & 渋温泉旅館組合青年部の皆さん】

震災後まだ間もない4月。音楽プロデューサー小林武史さんらap bankの方々と
渋温泉の若旦那衆が、岩手の大槌町で渋温泉の温泉を運び足湯を行いました。
遠く長野から立派な足湯用の車と装備で駆けつけて来られました。
大槌での足湯の振る舞いが終わった後、再度足湯を行うための
温泉補給をしに当館を深夜訪れ、翌朝源泉をタンク車に満載して、被災地に
足湯の振る舞いに出かけ行きました。皆さんお疲れ様でした!温泉は癒しの
王様ですね。

渋温泉旅館組合
http://www.shibuonsen.net/

ap bank
http://www.apbank.jp/


【ネパリバザーロさん】

ネパリバザーロさんは、ネパールでスパイスや雑貨、衣類などを生産してもらい
それを日本で販売しているフェアトレードの会社です。石巻で被災したお店に
ネパリバザーロさんの商品が入っていたことがきっかけで、毎月石巻等
の被災者の方々ををバスで東鳴子温泉に招待し、温泉に入ってもらったり、
公民館の厨房を借りて手作りのごちそうをふるまっています。代表の土屋さん
は本当に優しい温かな雰囲気を持った方です。そしていつも行動は信念に満ちて、
いて一度決めたらやり通すという強さを感じます。スタッフの多くは若い女性で
土屋さんを中心に楽しそうにいきいきと動いています。今年もこの活動は
継続されるようです。ありがたいです。





被災者と「鳴子ホッとスプリング読書倶楽部」を行った
ロバート・キャンベル東大教授とネパリバザーロ代表の
土屋さん。

ネパリバザーロの通販ショップ VERDA
http://www.verda.bz/


【大崎市民病院 鳴子分院 関口玲先生】

関口先生は、仙台の東北大学から週に一度、大崎市民病院鳴子分院にきて
整形外科を担当しています。(2012年3月まで)鳴子に診察をしに来ている
ご縁から、「鳴子温泉郷湯めぐり温泉スタンプラリー」で数少ない全湯制覇を
したという実績を持っています。本人いわく、温泉好きというよりは鳴子好きと
いうことらしいです。震災後、被災地から1000名を越える被災者の方々が
鳴子温泉郷に2次避難をしていました。関口先生は病院の勤務が終えてから
ボランティアで、避難者のいる宿を訪ねて、健康相談をしてくれました。
大野隆司さんの版画を入れたオリジナル法被を自前でこさえ、楽しそうに
被災者の方々と話していた姿が印象的です。


【CSKグループさん】

当館は震災における企業の社会貢献活動のベースキャンプとしても利用されて
います。2011年夏から秋にかけCSKグループのCGU様、CSKサービスウェア様
の7回以上のべ300人の東日本復興支援ボランティア隊を受け入れました。
ボランティア隊の皆さんは、早朝出発し、連日厳しい暑さの中瓦礫の撤去など
その時その時に現場で求められる作業に汗を流されました。
こうした企業の被災地ボランティア隊をコーディネートしているのが、以前
もライフカフェの話題でブログに登場した、東京の旅行会社リボーンさんです。
こうした、民間そして企業の方々の支援が積み重なって被災地の復興が進め
られています。ありがとうございます!


【トレーシー・ストーヴァーさん】

コロンビアと日本をつなぐ活動をしている若き熱血日本男児、星子武規君
からの紹介で、アメリカ・シアトルをベースにブレスワーク(呼吸法)
トレーナーをしているトレーシー・ストーヴァーが当館においでになりました。
トレーシーさんはアメリカの支持者から、あなたは日本に行って人々を癒すべき
だと渡航費を渡され、初来日したそうです。被災地などで独自のブレスワークの
ワークショップを行う中、当館にもお立ち寄りいただき、私の知人達のため
に呼吸法のワークショップをやってくれました。
私も参加させていただきましたが、はじめて経験するとても強力な呼吸法でした。
その後、参加者の中には熱が出たりとデトックス的な症状が出たかたも何人か
おられたようです。
彼女の放つ、静かで柔らかな雰囲気も参加者の心を解きほぐしてくれました。
トレーシーさん、アメリカよりおいでいただきありがとうございました。



上段右から3人目のトレーシーさんを囲んで、仙台の仲間達と。

トレーシーさんのHP
http://breathingmandala.com/

星子さんの「コイコイハポン!」HP
http://www.koikoijapon.com/home_j.html

 


あけましておめでとうございます!

 
「2012年元旦の朝日に照らされる 風の道 湯殿山神社の祠」


 いろんなことがあった2011年が終わり、2012年が
はじまりました。

あまりにも圧倒的な自然の力が人間の生活そして
人生を変えてしまいました。

3.11 東日本大震災

かろうじて生きながらえた被災者方々には、今だ先の
見えぬ長い長い復興への道のりが続いています。

全国、全世界から多くの励ましやご支援をいただき
つながりや絆という感覚をこれほど感じたことも生涯
ありませんでした。

心から御礼を申し上げたいと思います。

3.11がもたらした地震や津波の被害、そして深刻な
原発事故は今まで培った私達の価値観を大きく揺るがしました。
最悪の放射能汚染にいたっては今だ、道筋すら見えません。

私達はこうした時代にたまたま生まれ、これからどのような
生き方を選択するのか待ったなしに問われています。

少しでも被災地をはじめ人々に笑顔が戻りますように、私も
できることを仲間とこつこつ続けてゆきます。

そして、小さな温泉宿の湯守として、与えられた宝の温泉を活かし、
真に世の役に立てる道を従業員ともども見つけてゆきたいと
思っております。

本年も何卒よろしくお願いいたします。

皆様にとって、2012年が心豊かで幸せに満ちた1年となり
ますよう祈念いたします。








「初冬の贈り物〜冬野菜と新米&新酒」行いました!

 昨日、「初冬の贈り物〜冬野菜と新米&新酒」行いました!

全部で6名の参加でしたが、普段会えないような顔ぶれで
冬野菜をたっぷり使った料理やゆきむすびの新米、鳴子の
各種地酒の新酒を楽しみました。

今回参加された中には、東京駅の屋根にも使われている
宮城では雄勝石と呼ばれる玄昌石(スレート)を扱う会社の
四倉社長もおられ、被災のことから石の話までいろいろと
お話しを聞かせていただきました。



津波で東京駅の屋根の材料用に保管していた2万枚以上の
石材が流され、なんとか15000枚をみんなで泥の中から
拾い上げ泥を落とし、納入しようとしたら数が足りなかった
ためか断られてしまったそうです。

ようやく泥の中からかき集めて納入しようとした四倉社長
でしたがあまりのことに「悔しいです」とツイッターでつぶやいた
ことが多くの人々を動かすことになり、結果的には納入でき
るようなったという話を聞いてツイッターの影響力に驚きました。

ちなみに四倉社長のご子息は、私どもの企画でもよく一緒させて
もらっている音楽家のyukkiです。
今年の9月には、潟沼での月見会でディジュリデュを演奏してもらいました。
月夜に照らされた中、とても幻想的な演奏の場となりました。



来る12月22日〜23日
「冬ヨガ〜地大豆カレーを味わいながら〜」を開催します!
http://soys38.com/project2011.html#fuyu_yoga

西城麻耶先生のヨガと地大豆カレーをじっくり味わえる企画です。

皆様のお越しをお待ちしております(^^)





「SL湯けむり復興号」走ります!

今年も 「SL湯けむり復興号」走ります!

11/26 新庄行き 下り 小牛田 9:14発  鳴子御殿湯発 10:36

11/27 小牛田行き 上り 新庄 8:47発  鳴子御殿湯着 11:23
                              ホームで歓迎セレモニー5分行い 11:28発

実は当館の4階にある「陰の湯」 「陽の湯」は、SLの勇姿を見ながらの入浴ができます。

「陰の湯」の出窓からみると、こんな感じです。




今年は紅葉が長持ちしています。線路の上の雑木林。
朝日に映えています。



朝日が差し込む「母里の湯」



ふ〜、極楽極楽。命の洗濯。




「みのり祭」いよいよ開幕です!

鳴子温泉郷は古くより温泉が湧き、地元はもとより県内外沿岸部にいたるまで
湯治場として人々を癒してきました。

大震災以降、特に沿岸部の暮らしは一変、多くの被災者が2次避難をしていた
この地で犠牲になられた方々を慰霊し、今年の収穫への感謝、来年の豊作・
豊漁を祈願する集いを開催します。

共催される「おおさき食楽まつり」では、漁もままならない沿岸部より届けられる
わずかに水揚げされた鮭を限定数でご用意もしました。

その他、鬼首でとれる鬼そばをベースにした「鬼焼きそば」や「特製粕汁」なども
各会場で振る舞われます。

今日からはじまるプログラムとしては
11日 鳴子温泉神社で奉納される「鬼首神楽」



12日 <湯のまち会場>
    11:00〜16:00
    「彩りプロジェクト&ENVISI」による
    きりこブランド商品や南三陸海産物の販売

    <たかはし亭>
    16:00〜 渡辺祥子さんによる「南三陸物語」朗読  

    <里山会場>
    14:00〜 庄司恵子さんによる民踊ステージ   

   <みやまラウンジ>
    11:00〜16:00 鳴子のハンドクラフト展

13日 <湯のまち会場>
    11:00〜16:00
   「彩りプロジェクト&ENVISI」による
   きりこブランド商品や南三陸海産物の販売
   100ヶ限定、「はらこ飯」「粕汁

    <鳴子公民館>
   12:00〜14:30 おおさき食楽祭り

    <里山会場>
   11:00〜  南三陸 鹿子躍
   12:00〜  雅座
   14:00〜  鬼首 心鼓会

   <みやまラウンジ>
   10:30〜15:00 鳴子のハンドクラフト展

参加料は 1日1000円です。先着で鶴巻堂の若生さんの絵札も
プレゼントいたします!提携宿では入浴も割引で入れる特典もあります。

皆様のご参加をお待ちしております!

詳細情報は以下よりご覧下さい。
http://hibionon.com/blog/files/minorichirashi.jpg

お問い合せは、0229−83−3052までどうぞ



 
  

        
  

    

    


仙台・宮城 「伊達な旅」復興キャンペーンのポスターが「母里の湯」です!

 今展開中の、仙台・宮城 「伊達な旅」復興キャンペーンのポスターに
当旅館大沼の「母里の湯」が採用されています!

JR東日本管内の駅に貼られていますので、駅に行く機会がありましたら
是非探してみてください。

下記は青森駅に貼られていたものです。
先日は、東京駅でも見つけました(^^)
(真ん中のお風呂の写真)



11/15(火)は宮城県知事が先頭となって、大挙して上京し
仙台・宮城首都圏 食と観光大キャラバンを行います。

上野駅で11:20から大セレモニーを行います。
私も駆けつけますので、もし通りかかりましたらお声をかけてください!




サンフランシスコの礼子さん

 9月中旬、サンフランシスコ郊外にある小さな町フェアファックスから一人の日本女性が
当館にやってきました。彼女の名前は羽生礼子さん、フェアファックスで
Elsewhere Galleryというアートギャラリーを営んでおられます。
http://www.elsewhere.com

渡米して30年になる彼女は、3.11に起きた日本の大震災に大きな衝撃を受けました。
日本の海外向け放送から刻々と流れるあまりにも悲惨な被災情報に毎日明け方まで
釘付けとなり、涙を流し続けました。礼子さんは、自分の母国が大変なことになってしまった。
私に何かできることはないだろうかと自問する毎日が続きます。

そんな時、礼子さんのもとに昨年、鳴子温泉に3週間滞在して、湯治文化を体験しながら、
写真とインタビューを通じて古い歴史を持つ町の記録を残すプロジェクト
「Photoji Project(フォトージ・プロジェクト)」を行ったメンバーが、その写真展を開催
できる場所を探している人達がいるという情報が入ります。

礼子さんは、その写真展を自分のギャラリーで開催すると同時に、その場で大変な状況
になっている日本への寄付を集めようと考えました。礼子さんは震災直後、赤十字などを
通じて寄付をしていたそうですが、しだいに顔の見えるところに寄付したいと思うように
なったそうです。

彼女は「Photoji Project(フォトージ・プロジェクト)」を通じて、鳴子のことをはじめて
知りました。プロジェクトのメンバーからは断片的な情報は得ていたものの、なかなか
全体像がつかめない。そこで、東京におられるご両親も見舞いながら、甚大な被害を
被った被災地をこの目で見よう、また顔の見える支援先としての鳴子温泉郷に足を
運んでみようとギャラリーで集まった寄付金を握りしめ急遽来日することになったのです。

*「Photoji Project(フォトージ・プロジェクト)」は
 写真家のエリザベス・バーブッシュ、ライターのガブリエル・デラべキア、取材担当
 スガワラ ・マキエ、 翻訳家兼コミュニティ・リエゾンのサイトウ・タカハル、写真家
 オオトモ・マキによる プロジェクトです。
 詳細は下記よりご覧下さい!
 http://photojiprojectjapan.blogspot.com/

そのころちょうど、東京の旅行会社リボーンの主宰する被災地ボランティア活動に
参加しているめぐさんが仮設住宅に野菜を届けに女川に行くというので、それに
合わせて礼子さんに来てもらい、一緒に被災地をめぐることにしました。

東京から新幹線で来た礼子さんを古川でピックアップし、被災地を訪れる時は必ず
運転をお願いしている渡部さんの車に乗り込み、めぐさん、礼子さん、私合わせて
4人で女川へと向かいました。
めぐさんは福島にご縁があり、福島の支援をしていたのですが、いろいろとあって
今は宮城県沿岸部の支援に力を入れているようです。

リボーン主催「ライフカフェ」
http://blog.goo.ne.jp/ecotour/e/8b5e671a5f9b6ac027e90cc28e87650

*11/19〜のライフカフェも募集中です!
http://reborn-japan.com/domestic/4806


渡部さんは、頻繁に被災地をまわり刻々と変わるその状況を把握しています。
ものおじしない性格なので、被災地で避難している皆さんやそのお世話をしている
方々とすぐに仲良しになり独自のネットワークも築いています。被災地の道すがら、
いろいろと説明をしてくれるので被災地へ向かう者にとっては心強いナビゲーターです。

サンフランシスコから来た礼子さんは、あまり被害のない地域でもショックを受けて、
スマートフォンの動画機能で外の様子を記録していました。私はこれから本当に
悲惨な地域が出てくるので電池の消耗を防ぐ意味でも、まだ録画はしないほうが
良いですよとアドバイスしました。


途中、石巻の野菜を届けてあるお宅に寄って、仮設住宅の戸数分に支援の
野菜を小分けする作業を行いました。配る世帯数がうまく伝わっていなかった
のか、野菜によってかなり数が少なかったりしたので、包丁で半分に切って
分け入れました。

野菜を小分けにして女川へ向かう途中、津波で被害を受けた風景を目にした
礼子さんは、その壮絶な状況に涙を流していました。
そこには震災から半年がたっても、まだ復興のメドすら立たない現実がいま
だ横たわっています。

今回、野菜を配りにいった女川の仮設住宅は20数戸が集まっている比較的
小規模なところです。小規模の仮設村は大規模な仮設村のようなところに
比べるとどうしても支援の手がまわりにくい部分もあるようです。

仮設村のリーダーの方に支援の野菜を配らせてもらうことの許可を得て、
仮設の一戸づつをまわります。こうした野菜など食べ物の支援物資を持って
くる方の中には、集会場にどんと置いて帰ってしまう方もあるようです。善意
は大変にありがたいことだと思いますが、そうしたやり方だと、野菜を各戸に
平等に配るという作業を仮設の方々にやってもらうことになります。



しっかりしたリーダーの元、まとまっている仮設村でしたら問題はないの
ですが、家族、家、全てを流され、そこからまだ立ち直っていない人々が
集まっている状況なので、そうした余裕のないことも多々あります。善意
を最後まで完結させるためには、細心の注意が必要です。

留守のところも数軒ありましたが、帰ったら野菜を渡してもらえるように
お隣さんにお願いしてまわります。ここのリーダーの方の奥さんはとても
気さくな方で、仮設住宅の中に私達を招き入れ中を見せてくれました。
思った以上にモノが多く、狭い空間の中にひしめき合っています。

聞けば、被災した家は建ててから100年も経つ立派な家だったそうです。
それが大津波を受け、土台から離れぷかぷかと流れて来たそうです。
他の家は全て損壊して跡形もない中、奇跡のような話です。流れて来た
家の中から、水に浸かった大事な衣装や人形、お皿などを取り出してきて、
仮設住宅の中に並べているというわけです。私達にとってみれば、なんの
ことはない人形なのですが、本人にとってみれば思い出のたくさんつまった
本当に大事なものです。

野菜を配り終え、リーダーの奥さんから逆に缶コーヒーをいただいて
しまった我々は、タイヤの不具合を治し10/22にまた訪れることを
約束して仮設住宅を後にしました。



最後まで底抜けに明るいリーダーの奥さんと、それとは全く対照的
に物静かな他の仮設の住民の方々が同居する場所でした。皆さん
それぞれ今回の震災では人に言えないような大きな悲しみを背負って
います。礼子さんも是非とも現場に行ってみたいということで、女川を
訪れたわけですが、現場に行かなければ決して伝わらない空気という
ものが確かに感じていたようです。

仮設住宅村には一匹いの猫が住みついていました。おそらく飼い主は
被災しどこに行ったのかわからないのでしょう。無邪気な猫は、人々に
平穏だった懐かしい日常を思い出させる貴重な存在かもしれません。


女川からの帰り道、以前何回かリボーンがライフカフェを行った渡波
小学校に立ち寄りました。この小学校にはたくさんの人が避難して
いましたが、今はほとんどの人が仮設に移ってしまったようです。
ここではオリジナルのグッズを販売して売上げを支援にまわして
いるようで、礼子さんは自分のサンフランシスコのギャラリーにも
支援グッズを置けないかなどスタッフの方といろいろ話をされていたようです。

この後、鳴子温泉郷の旅館大沼に戻り、礼子さんを囲んで食事を
しながらいろいろと語り合いました。今日見てきた被災地のこと、
これからの支援のこと・・・。
細くても長く続く支援をしてゆきたいという礼子さんの思いが強く印象に
残っています。

翌日、鳴子がはじめての礼子さんを連れて、潟沼、鳴子峡など
鳴子周辺をいろいろとご案内しました。途中から、photoji project
にも関わっていた仙台のタカハルさんにも鬼首の地獄谷などを案内
してもらい鳴子の見聞を深めてもらいました。タカハルさんと礼子さんは
バイリンガルです。話を英語でしたのか日本語でしたのかは聞くのを忘れました。

礼子さんが鳴子から帰られ、ほどなくメールをいただきました。

「今回の鳴子への旅は忘れないでしょう。そして、これがこれからの鳴子への
旅の始まりと”鳴子”とを願っています。」

アメリカに30年以上も住まわれているのに、シャレが効いて驚きました。
礼子さんはウィットに富んだとてもセンスの良い方です。やはり感性を扱う
アートギャラリーのオーナーだけあります。

最後にフェアファックスのElsewhere Galleryで行うイベントの告知を
官報に掲載して下さった在サンフランシスコ日本国総領事館の東野徹男様
に感謝いたします。

東野様はphotoji のスタッフがリリースした日本語のフリーペーパーの記事を見て
エキシビジョンに参加されたそうです。鳴子のお近くに住んだこともあるそうで、
礼子さんも驚いておられました。
http://www.sf.us.emb-japan.go.jp/archives/PR/2011/pr_11_0317_event.htm

この出会いが、サンフランシスコと日本をつなぐ小さな復興の架け橋になり、
細くも長く続き、小さな輪から日本の復興につながってゆくことを願っています。

礼子さん、またお目にかかれるのを楽しみにしています!

 

 

 


 


「お月見会」in潟沼〜光の仲間達〜Vol.8

 9月の話題がさらに続きます。


otsukimikai_1.jpg

なぜかだんだんとさかのぼって恐縮です。
9/10 仲秋の名月を目前にした13夜、潟沼でお月見会を行いました。

人工的な灯りが一切ない潟沼は、月の光だけが唯一の明るさ。


otsukimikai_2.jpg

40名ほど集まった参加者がたたずむ中、どこからともなくアボリジニの
楽器ディジュリデュの低く地を這うような響きが・・・。

演奏しているのは仙台のアーティスト yukki。
月の明かりに浮かぶ潟沼のほとりで、一人静かに演奏をはじめました。

yukkiも自宅がこの大震災の津波で被災し、家の1階は完全に浸水し
しばらく2階で生活していました。震災直後、家のまわりは地獄絵図
の様だったようです。

yukkiのお父さんは、地元名産のスレート材を東京駅の屋根瓦として
におさめている会社の社長さんで、津波で流されたしまった何万枚という
スレート材を社員と一緒にこつこつ拾った
様子がTVでも放映されました。
http://yotsukura.exblog.jp/i3/


暗闇、月の明かり、潟沼、異界への扉を開くようなディジュリデュの
うねるうような低い響き。
そのシンプルな組みあわせが想像もしたことのない世界へと私達を
いざないました。

潟沼での月見会の後、会場を山荘「母里乃館」に移動し、お月見だんごを
いただきながらのディジュリデュ演奏会を開催。ろうそくを灯した山荘で
参加者の皆さんは潟沼とはまた違った、ディジュリデュの響きにしばし浸って
いました。